姓氏類別大観
【藤原氏教通流】 道長の三男教通に始まる。治暦4年(1068)4月に入内した娘の勧子が皇后に冊立され関白となるが、藤原氏の外戚でない後三条天皇の践祚により関白としての実権は急速に凋落する。 従三位通基の子教清は豊前に下向して宇佐八幡宮留守職となり、猶子と思われる蒲生舜清は大隅国垂水に宇佐八幡宮を勧請する。
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