姓氏類別大観 

【藤原南家仲麿流】
 武智麿の次男仲麿(恵美押勝)に始まり、天平宝字8年(764)恵美押勝の乱により一族は殺されるが、六男刷雄は隠岐へ流罪、十一男徳一は東大寺へ出家、また七男薩雄の子朝忠の系が生き残った様である。
 嘉応元年(1169)後裔の藤原忠光は遠江国長沢邑に下向、長沢を称して後永沢を称する。
 しかし仁智以降は刊本の系図類には見えず、光房以前の世系は信頼性が乏しい。

【長沢氏】【永沢氏】

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