姓氏類別大観
【弓削氏】 物部守屋の後裔を称して河内国若江郡弓削郷を本貫とする。守屋の母姓弓削に因み後裔は弓削を称する。 天平宝字五年、弓削道鏡は近江保良宮で孝謙女帝の病を癒して寵を受け、以後栄進して太政大臣禅師さらに法王まで昇るが、宇佐神託事件により失脚してその後下野薬師寺別当に左遷される。 弓削道鏡の出自については、「公卿補任」、「七大寺年表」等に記載されている施基皇子の子とする皇胤説が存在する。
弓削道鏡 (1962年) 弓削道鏡〈上〉 弓削道鏡〈下〉
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