姓氏類別大観 

【百済氏/和氏】
 白村江の敗戦により義慈王の子、禅広は日本に帰化して持統天皇7年に一族は百済姓を賜わる。
 曾孫の敬福は、陸奥産出の黄金九百両を東大寺大仏鋳造の為に献上した功により従三位宮内卿となる。
 延暦2年、武寧王の子純陀太子の後裔和史国守ら35人が和朝臣姓を賜う。
 また桓武天皇の生母が和氏後裔の高野新笠であり、百済氏は平安初期の朝廷に優遇される。
 百済氏は河内国交野郡中宮村を本拠、子孫は百済王神社神主家として三松を称する。 

 
《百済氏祖系》 〔扶余氏〕

【半昆氏】【三曽氏】【己汶氏】【宇努氏】【百済氏】【六人部氏】
※他【河内氏】が始祖温祚王の弟貴首王裔、【大丘氏】【真野氏】【春野氏】が肖古王裔、
【面氏】【汶斯氏】【岡屋氏】【広井氏】が比流王の裔、
【石野氏】【錦部氏】【広津氏】
が近肖古王の裔、【林氏】が直支王の裔、
【【道祖氏】
が挨許里公裔、【御池氏】が扶余地卓斤国主施比王裔、【安勅氏】が魯王裔、
【原氏】が福徳王裔、【古市氏】が虎王裔、【不破氏】が毘有王裔、【広幡氏】が津王裔。

【三善氏】近肖古王裔を称する。

《河内及び京師百済氏》                  百済氏祖系へ戻る

【百済氏】 ※百済永継は飛鳥戸奈杼万呂娘が百済姓を賜姓の説有り。

《三松氏》                    河内及び京師百済氏へ戻る

【三松氏】【梅本氏】【大矢氏】

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